夢の欠片、その在処は

舞鶴鎮守府で提督やってます

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かんなぎ第一話

第二話も録画は出来ているんですが、事情によりまだ見れません。
それはさておき、何がすごいって、実質ナギ様と仁の会話劇だけで一話作っちゃってること。何せ、キャストクレジットが4人ですからね。(残りは電話の相手とTVの魔法少女)
さすが、かつて「かみちゅ!」で「主人公のゆりえ様がだらだらとこたつに入っていただけのネタ」で一話作ってしまった(しかも初回オンエア時にその話がシリーズ最高視聴率を記録したらしい)倉田さんです。
今まで全然知らなくて不安要素だったナギ役の声優さんも、まぁ悪くはない感じです。
そういえば、仁役の人は「ラーゼフォン」で声優デビュー初っ端いきなり主人公役に抜擢された経験の持ち主で…あれがもう6年前なんですね、むしろこちらの方が感慨深い。

ネタバレ上等で原作のストーリーが気になる方は、師匠の感想記事(1巻~4巻)を是非参考に(ぉ

ただ、正直「まだ『かんなぎ』のアニメ化は時期尚早」と私は常々思ってました。それは今も拭えません。だって5巻を読む限り、これからが本番って感じだったのに……。
本当に「原作の現時点までのお話をとにかくやって終わってしまう」ような気もしなくもなく、それが今後唯一の不安要素ですね。アニメオリジナルで締めるのかどうか。

区画整理で移転合祀されることになった神社の御神木が切り倒され、それを貰い受けた主人公が地区展に出品する「木の精霊像」として彫ったのが始まり。
その木彫りを寄り代に顕現したのがナギ様です。神様というには随分気安いというか俗っぽいキャラですが。だがそこが(ry
鎮守の木が切り倒されたら、「守護を失い、この地は不安定となり、抑えていたケガレが沸く」とナギ様は憂うのですが、仁が沸いたムカデ風のケガレを「うへえ、ばっちい」とあっさりポイしてしまうのがいかにもシュール。本来人には触れられないものの筈なのに、何故触れられるのかと理解不能な神様は痛烈なキックを(笑)
そういえば、都合3回仁に一撃を喰らわせるナギ様ですが、決して頭だけは叩かないのには何か意味があるとかないとか。
ケガレに対抗するために、TVの魔法少女(これを「かみちゅ!」主人公ゆりえ様役の人が演じているというのだから、ある意味「新旧神様共演」)にヒントを得て、ナギ様はおもちゃの魔法ステッキを振るって「愛と正義の名の下に」ケガレを成敗します。
その仕草がまさに「なにやってんすか?(by仁)」と私も言いたくなるくらいこれまたシュールな光景。
神様の顕現に愕然とし、発言に困惑し、行動に呆然とする主人公は、イコール視聴者かもしれません。

不安もありますが、鳳龍の今期筆頭株として見たいと思います。
前に「新旧共演」と書きましたが、「R.O.D」を再放送した東京MXが、今度は「かんなぎ」の前に「かみちゅ!」を再放送するという粋な計らいを。
土曜夜10時台は「スーパー神様タイム(byウチの妹)」ですね(ぇ

以下、拍手コメント返信です
>佐和多里さん
奇しくも、これもまた「神様」の話題です。
>羽入が神様として絶対的な存在になってしまったせいではないかと
そこが原作とPS2版、或いは同じ原作の皆殺し~祭囃し~賽殺し編の間で二転三転、紆余曲折を見せる一因かもしれませんね。
率直に言って、作中の梨花どころか、竜騎士さんも(叶さんも)「羽入の言う事はいつも正しい」とばかりに羽入をいささか乱暴な便利扱いし過ぎてた面はあると思ってます。「困った時の神頼み」的な。
(「鬼隠し編や綿流し編から既に存在を匂わせていたではないか」という擁護論はまぁさて置き)
これが「ひぐらし」の肝であると同時に、癌かもしれないなあと。
>梨花に限らず、誰もが皆それに従わなくてはならなくなる
あの鷹野ですら決して例外ではないというか、一見否定的にではありますが、(裏を返せば)“神様羽入”に意識を縛られていたことが祭囃し&澪尽し編で露呈しますし。
>神でも間違うことはあるのに
>ただ、「間違いだった」とは絶対に言ってはいけない言葉
>梨花の場合は自分の存在そのものの否定に繋がりますし
唯一、それを言えるのが(指摘できるのが)、私は「“澪尽し編~後夜祭”の流れを踏んだ」圭一だと思ってます。
圭一が原作最終章で空気となってしまったのは、能力的限界・相性もさることながら、梨花(羽入)とのつながり・積み重ねが薄っぺら過ぎたからだと思います。
(その意味では、圭一を梨花&羽入に接近させた叶さんの方向性自体は妥当だと考えます。竜騎士さんは結局圭一を梨花にとって沙都子や赤坂より遥か下の存在に置いてしまったわけで。沙都子や赤坂では、羽入をどうこうできないのです)
梨花より聡明なレナも実は梨花と同じで、皆殺し編終盤のように鋭く苦言を呈することはできても、「羽入の否定」まではできません。
ルールYとは「敵が鷹野や東京だった」ということ以上に、「梨花の生死がかかっている」ことであるのですから、それを打破するストーリーで、「目立つのは梨花と近しい者」なのは当然です。これこそが「圭一空気化」最大の原因。
故に竜騎士さんの答えとして「羽入が主役で、赤坂や沙都子が駒として強大化」したこと自体もまた、妥当なもの。しかしこの方向性とメンツでは、羽入に異議を挟む展開なんて不可能です。鷹野も所詮は、羽入の何たるかを冷静に見ることができず、ただ感情的なだけでした。
如何せん、竜騎士さんの(原作の)圭一は梨花との距離が互いに遠すぎました。故に、梨花の奥にいる羽入には尚更近づけなかった。
叶さんの(PS2版の)圭一はその可能性を匂わせましたが、時間が足りなかったというか、どうにも消化不良な結果に終わってしまった。
鳳龍の二次創作が「PS2版・澪尽し編の補完」を目指しているのは、その中途半端さが惜しいと同時に、竜騎士さんの原作にはない「とある可能性」を秘めているのが面白いからです。
所詮梨花の中で圭一が「羽入・赤坂・沙都子」を超えることは出来なかった、否そのつもりもなかった竜騎士さんは、「神様でも間違うことはある」と堂々と言える存在をとうとう作り出せなかった(作りたくなかったのかもしれませんが)わけで。
まずは賽解し編でそれを描きます。
そして次の(最後の)課題は、澪尽し編という既存の土台・寄り代を用いずに、それを新たな「ひぐらし最終章」として描くこと。
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