夢の欠片、その在処は

舞鶴鎮守府で提督やってます

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前半と後半のギャップ

それこそが「ひぐらしのなく頃に」、とかつて圭一は言った……。

まだ確たることは言えませんが、多分賽解し編は賽潰し編と祟醒し編をあわせた位の分量になるかもしれません。
じゃあ後夜祭の「後半」は賽解し編なわけで、ガラッと変貌するのか、といわれると……竜騎士さんの技量には遠く及ばない(というかぶっちゃけ原作○○○編のトレース)ですが……するかもしれません。
現在は私の希望により公開を停止していますが、SS版の賽満し編をご存知の方は、何をするつもりなのかは分かっておられると思います。

祭囃し編のハッピーエンドを好まれている方には、相当不快な内容になるかもしれません。
ブラックユーモアや皮肉の類を苦笑で流せる方でないと、厳しいでしょう。
正直、「祭囃し編好きの方はご注意ください」という警告文を入れようか考えているくらいです。

「舞-HiME 運命の系統樹」が好きな私は、「ハッピーエンドではなくトゥルーエンドを描きたい」と常々思っていますので、つまりはそういうことです。
ここで「舞-HiME 運命の系統樹」のスタッフのコラムを一部引用します。

「ハッピーエンド=めでたしめでたし」ってことで仮定させていただいて……それをゲームでやる必要は無いんじゃないか?って思ったんですよね。
(※「運命の系統樹」は死んだ者はそれっきりで甦ることはなく、舞-HiME関連作品の中では最もハードで救いのない、悲惨な内容となっている・Wikipediaより引用)
ゲームの場合、アニメや漫画よりも受け手が自己投影しやすい作りができます。(中略)この強い自己投影の世界でも、愛情に基づいた選択結果に、極端をいえば「誰かの死」が訪れるかも知れない。ただ、敢えてそれを覆さず受け止めてもらうことで初めて、リアルに両手で感じてもらえる重さが表現できるんじゃないかと……。
たとえば崖にぶら下がる恋人と他人がいた場合、愛に基づいて差し出した手を、果たして誰か否定することが出来るのだろうか?と。
だから前もって言っておきます。このゲームでは「めでたしめでたし」はどのHiMEっ娘のストーリーにも存在しないです。
モチロン攻略キャラそれぞれに、解決すべきテーマはあるので、その昇華は絶対的にしています。その上で、事実は事実として、死は死として、愛を選んだ結果は自らの責任として、確実に受け止めて欲しかった。結果、物凄い痛さの哀しみを抱いてもらうことになってしまうかもしれません。ゴメンナサイ。それでもただ愛していくことの過程を尊重して欲しいんです。
それは言い換えれば、愛したことを後悔してほしくないってことでもあるハズなので……。
(中略)
古代に一人の巫女の想いから始まった運命は、多種多様な枝葉を見せ、その枝の行く末は、全ての高村達に委ねられるんです。
(※「高村」とはこの「運命の系統樹」における所謂「プレイヤーキャラ」のこと)


奇しくも、「運命」という言葉は、後夜祭の主役2人にとってはくどいくらい重要なキーワードでもあります。
「一人の巫女の想いから始まった運命」というのも、奇妙に符合します。
しかも今回は、オリスク化という願ってもない機会を頂けました。私が描きたいのは、「選んだ結果は自らの責任として受け止める」お話。
圭一にしろ、梨花にしろ、解決すべき(と私が思う)テーマはあるので、その昇華はします。

だからあえて言います。祭囃し編が好きで、ハッピーエンドが好きで、「敗者のいない世界」がひぐらしのテーマと信奉される方の期待には沿えません。
梨花にとっては、賽殺し編の母殺しよりも最悪の選択を迫られます。
サイコロの六の目なのに、何故かサイコロの一の目でもある不思議な世界で。
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