夢の欠片、その在処は

舞鶴鎮守府で提督やってます

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フレデリカの詩(in「うみねこのなく頃に」)

コミケで頒布された小冊子に、新作のフレデリカの詩が載っていたようです。

「うみねこのなく頃にWiki」より転載。
一応、ネタバレ注意。


彼の部屋からいろいろなものが見付かった。
それらの証拠から、私はあなたに愛されていると推論できる。


私の部屋からいろいろなものが見付かった。
それらの証拠から、私もあなたを愛していると推論できる。


彼女の部屋から何も見つけられなかった。
しかし未発見の浮気の証拠Xの存在を、私は否定できない。
                          ────Frederica Bernkastel


さすがは疑心暗鬼の病気の女王感染者、その成れの果て(ぉぃ)

竜騎士07作品のキャラは、「毒があって容赦がない」のが特徴です。特に、子供にはそれが顕著。
古手梨花からベルンカステルが完全分離する経緯は、恐らく今後も「賽殺し編」より詳細なものが描かれることはないでしょう。
ネタバレが過ぎるために全文引用はしませんが、この小冊子に掲載されていた「ベルンカステルの手紙」によると、ベルンカステルには「手紙を書くだけの気力が残っているかも怪しいくらいの病に冒された」“親愛なる友”がいるようです。
まぁ十中八九、未来の羽入(in上位世界)っぽい気はしますが。
「あなたはここまでを読んで、絶対に笑っているわ。えぇ、賭けてもいい。そろそろ私の困り顔を見て、さらに嘲笑ってやりたくなってきたころでしょう。(中略)好きなだけ嘲り笑うといい。好きでしょう?そういうのは」
ベルンカステルに言わせるのは「あぅあぅwww」なアイツくらいしか(笑)

反面、二次創作だと、どうしてもバイアスが掛かって「甘さ」が入ってしまうんですよね。綺麗になりすぎてしまうのです。

竜騎士07氏の古手梨花がどういう人生を歩むのか……まぁぶっちゃけ「決してドラマチックに美しくもなければ愉快でもない」人生だと思います。「ベルン分離」がどの時点であったにせよ、上記の詩を詠んだことからして、人間時代に相応の経験(或いは梨花を俯瞰で見ていた)をしたっぽいですし。


どうせ竜ちゃんのことだから、「いい男は老けません」な赤坂の後妻(※雪絵は病弱で夭折?)コースっぽいなぁ……古手神社相続は実体化羽入に押し付ける手がありますから(梨花の「雛見沢脱出」のための実体化・消滅回避展開設定、と勘繰ることもできるわけで)。
徹甲弾の後妻だとしたら、とても幸せではあると同時に、ある意味「予定調和っぽい」人生で終わりそうなんですよね。強いて言えば、後妻を迎える事(結婚)がもうピークで、それ以上の波乱は起こり得なさそう。
梨花的には幸せ一杯でも、魔女的にはつまらなさそうに「まぁ幸せだったわね」と皮肉っぽく笑って振り返りそうです。

鳳龍は、ベルンにとって“面白くない”カケラを作ろうと模索しています。ベルンに「呆れてモノもいえないわ」と匙を投げさせたい。
――ハイ、キャラ崩壊という批判は甘受します。

“変わらない”ことと“変わる”こと。
人生の歩みによっては、10年20年30年経っても変わらない人も居れば、たった1年たらずで変貌してしまう人もいます。
竜騎士07氏(原作)の古手梨花(とそこから分離したベルンカステル)は、前者を暗喩しているように思えます。大きく変貌する可能性を秘めた「皆殺し編」の出来事は「なかった」ことになり、基本梨花の思考や内面へ干渉はしない赤坂とフラグが立ち、羽入は消滅しないでこれからも付き合っていく。
これでは、賽殺し編で「魔女を止める」とは言っても、まぁ根っこは変わらないでその後の人生を歩みそうです。

「後夜祭」は、「皆殺し編の記憶を有し、羽入が消失した」梨花の話です。
むしろ逆説的に、これだけのことがあれば「変わってしまうのが当たり前さ」と開き直ってしまうくらいの内容です。
ところで、梨花好きの内部には、「変わって(成長して)欲しくない」保守派と、「むしろ変わって(成長して)欲しい」革新派があるように思えます。
保守にも革新にも、それぞれ美点と弊害があります。どちらかというと、日本は20世紀末くらいまでは「保守」が尊ばれる風土でした。“変わらない”ことに安心と価値を見出す人の方が多かったのです。「革新・改革」は無残にまたは中途半端に挫折することの多かった日本の歴史がそれを証明しています。
21世紀に入って、やたら改革やそれを唱える人が持ち上げられ、旧態依然がとかく悪玉扱いされた風潮がありました。ちょっと前まで。
所謂「皆殺し編圭一」がかつて人気だったのも、そういう時代に、なんですよね。

まぁ赤坂は梨花に「君は間違ってるぞ」なんて絶対に言わないでしょう。この人の根本は「姫様お下がりください、ここは私が全て引き受けます。歩けないのでしたら私が背負いましょう」と傅く騎士なんですよ。

騎士は世間知らずな姫に世間を知れなどとは求めない。

一方、圭一は変わらないと、変えないと、とよく考える男です。彼は、騎士ではありません。
追っ手から逃れる時に、「馬車はないのか? もう歩けない」とのたまう姫に向かって、「なに寝言を言ってんだ!? いいから走れ!」という平民。

平民は世間知らずな姫に世間を知れと求める。

騎士と高貴な姫のストーリーが好きな人、地位を捨てた姫と平民のストーリーが好きな人。
“変わらない”ことが好きな人、“変わる”ことが好きな人。

つまり鳳龍は、革新派の中でも特に急進的な過激派――笑えないブラックジョークですなぁ。
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