夢の欠片、その在処は

舞鶴鎮守府で提督やってます

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02

祭囃子と人々のざわめきが聞こえる。
それは、これまで飽きるほど聞き慣れていたものとほとんどかわらないものだ。
もう何度目だろうか。私がこの音で、浮き立つ気持ちと憂鬱な気持ちを両方感じさせられるのは。
それは、大好きな仲間たちとお祭りを楽しめるという期待。
それは、私の死ぬ日がいよいよ迫り来ることを強く意識させられるという焦燥。
だから私は、お祭りが大好きで――大嫌いだった。
「どうした。ぼんやりしてる暇はないぞ。さっさと行こうぜ」
「……え」
不意にかけられた少年の声で我に返った私は、思わず間の抜けた反応をしてしまう。
声がした方向を見上げると、右手をこちらに差し伸べた少年がいた。
それを見た私は、一瞬電流が走ったかのように身体を震わせる。
夕闇の中、私に手を差し伸べる少年の姿が、まるで「あの日」の光景そのままだったからだ。いや、あの時はもう少し明るかったか。
「この人ごみじゃ、しっかり手をつないでいないとまずいだろ。はぐれちまったら面倒だ」
私がまだ呆けたままなのをお構いなしに、少年は無遠慮に私の左手を一瞬強く握ってから握力を緩める。
「……あ」
「本当にどうしたんだ梨花ちゃん。さっきからずっと心ここにあらずって感じでぼんやりしてるぞ。もしかして、熱でもあるのか」
「違うのです!」
自分でも驚くくらいにすぐ否定の言葉が発せられた。
握られていないほうの右手で軽く自分の頬を叩く。その痛覚で、私はようやく完全に意識を現実に戻す。
少年の背後には、人々が途切れることなくぞろぞろと歩いている。歩く方向は皆同じだった。
日没を迎えてから時間が経っているので、夕陽の残滓はもうほとんどない。その暗闇の中で、お祭りには付きものの提灯が連なって赤く灯っている。
ここは古手神社の前――――ではない。それどころか雛見沢ですらない。ほとんど見覚えのない場所だった。
ほとんど、というのは全くではないという意味で、つまり私は以前ここに来たことがあるのだけれども。その記憶はほとんどない。もう気が遠くなるほど昔のことだからだ。おそらく、約10年は「経験して」いないだろう。
もっとも、“この世界”の時間軸でいえば「古手梨花が興宮の夏祭りに最後に来たのは」4、5年前ということになるのがややこしいところだ。
こんな風に語る私、古手梨花は普通の子供ではない。否、普通の子供ではなかった、と言いたいと今は思い始めているが。目の前の少年、前原圭一のせいで。
「あ、ひょっとして人前でいきなり手をつなぐのはデリカシーがなかったか。恥ずかしかったならすまん」
圭一はあいかわらず私のことは半ばお構いなしにまくし立て、握った手を離そうと――私はより強く握り返す。
「だから、違うって言ってるでしょう」
さっきの歳相応のそれとは少し違う声がでる。
「初めてのデートで惚気てたのよ。圭一は初めてじゃないから平気だろうけど」
「おい。俺がまるで女の子とのデートに手馴れてるみたいな言い方はやめてくれ」
残念ながら、「前原圭一と初めてデートをした女の子」の称号は、私ではなく園崎魅音のものだった。
今日が記念すべき、初めてのデートと相成ったわけだ。
それも、ほんの数時間前に第三者の提案で突発的に決まったのが、何とも笑える話である。
今ここに至るまで、男女が結ばれる過程をすっ飛ばしてきたり先取りしたりしている私たちらしいのだろうか。
「ああこれは念のため聞くけどもよ、梨花ちゃんが男子の誰かと二人きりでお祭りに来たのは初めてか」
「初めてなのですよ。初めては圭一に今ささげたのです、にぱー☆」
「すまん。無粋なことを聞いちまった」
「なぜ謝るのですか」
「梨花ちゃんがその口調になるときは大抵不機嫌だからな」
今の私が二人きりの時にこの幼い口調になるときは、ヘソを曲げている時だと圭一もこれまでの経験から気づき始めている。
「けどそうか……初めてか、ならよかった。親父の提案に乗って来た甲斐があったぜ」
「圭一はそんなにボクの初めてが欲しかったのですか。せっかちさんなのです。どうして世の男の人は処女にこだわるのでしょうか」
「こんな人ごみで不穏当な発言はやめてくれ。ほら、梨花ちゃんは何度も同じ出来事を繰り返すのが苦痛でしょうがなかったんだろ。それなら、初めての経験はすっげえ嬉しいんじゃないかなと思ったんだよ。だから二人だけで行こうと決めたんだ」
「さすがはボクの未来の旦那さまなのです。…………そんな無理に気を遣わなくてもいいのに」
圭一はまだ気づいていないかもしれない。私が幼い声を出すのは不機嫌に皮肉るときだけではないことを。ほら、私の頬がもうふにゃふにゃに緩んでいるんだからあと一押しすればご褒美をあげるわよ。
「……それにしても、お祭りに普段着でいる梨花ちゃんってのはどうにも違和感があるな」
あ、話をあからさまに逸らしたな。この世界では、恋愛面で弾丸を回避するよりも凄い奇跡を私に向けて起こし続けている圭一だが、まだまだへたれである。
「圭一が綿流しの祭りに行ったのは一度だけじゃない。……それとも、覚えているの」
「いや、相変わらずぼんやりとまともな形にもならないもんだ。単に、巫女姿の梨花ちゃんが祭りにばっちりハマりすぎてたんだろ」
「……普段着の私はご不満かしら」
「そんなことはないな。むしろこれも「初めて」か「珍しい」経験なんじゃないか」
「……そうね。興宮の夏祭りは、両親が生きていた時に連れられて以来だから、ずいぶんと久しぶりだわ。私が普段着で祭りに行くのは」
「普段着が悪いわけじゃないが、でもやっぱり浴衣姿の梨花ちゃんも見てみたかったな。残念だ。来年は用意してもらおうぜ」
「……来年。そうね。ええ、そうね。来年もあるのよね」
「……そうだ。来年だってその次だってずっとな。梨花ちゃんさえよければ毎年二人で来ようぜ」
頬を緩め、来年という言葉をしみじみと噛み締める私に、圭一はわざとらしく大仰に言う。彼は、知っている。
知っているから、彼は私に寄り添う。知っているから、私は彼に寄り添う。
「もういい加減こんなところでだらだら立ち話してるのはもったいないな。行こうぜ梨花ちゃん」
湿っぽくなるのはあまり好きではないのだろう、圭一が少し強引に促す。
それはいいのだけれど――まだこの男は呼ばないのか。呼び続けるのか。
「そうね。………………ああもう。これくらいしないと気づかないかしら」
私は掌を握っていた圭一の掌から一瞬離すと、腕をぐるっと絡めて圭一の腕を私の左半身に引き寄せる。
「私は圭一と二人きりで今からデートなのよ。……なら、私のことは」
「……う~ん。実を言うと、俺は梨花ちゃんと呼ぶ方が本当は好きなんだけどな」
ここへきて、圭一が妙な性癖を激白しやがった。初めて呼び捨てで呼んで、私がこのぺったんこな胸で歓喜をいっぱいに膨らませたあの日のときめきを返してほしい。
「さあしゅっぱつ~なのです★」
「……お、おう梨花」
うろたえる圭一を無視して引っ張って私はようやく前へ進み始める。人ごみの中へ、祭りの会場に向けて。

古手梨花にとって、初めての夏祭がはじまる。


ひぐらしのなく頃に“後夜祭” ―賽解し編―
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